大阪の吉野屋質舗
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質屋というと、のれんがあり、少し暗い感じで、ちょっと物々しいたたずまいのたてもののようなイメージがあります。
この質屋はいつぐらいからあるのでしょう。
質屋が誕生したのは鎌倉時代で貨幣での経済がかなり発達してきた時代、今から約700年前です。
初めはその土地の裕福な有力者などが庶民を相手にものを預かりお金を貸したことだといわれています。
それ以前では、ほとんどの人は農業や漁業などで生活をしていました。
そうなると、当然豊かな時期と貧しい時期があるのです。
その貧しい時期に食べものなどをわけて、豊かな時期に少し多く返してもらうという制度があり、これは貧しい人達を助けるために宗教団体で始まって、この制度が地方の地主などの有力者でもおこなわれていきました。
当時は質屋ではなく、担保として預かったものを保管するために土蔵を建てたので「土倉(とくら)」と呼ばれていました。
それから経済が発展していくとともに質屋も発達していきました。
そして、室町時代には金融機関として庶民に認識されるようになり、江戸時代にはその数はかなり増加していきしました。
この江戸時代から「質屋」と呼ばれるようになります。
この時に「質屋取締令」が実施されました。
この時代の質屋は庶民にはとても身近だったようです。
この時代の質草には、着物やキセル、火鉢、大工道具などがあり、この中でも着物は高価なものでした。
質草として預けることができないものとして、鎧や兜、刀などの武具用品や将軍家の家紋が入ったものでしたが、そのほとんどは見逃されていて預ける人は多かったようです。
昭和中期ごろまでの質屋はその利子によって利益を得ていました。
しかし、産業などが衰弱していき、70年代には店舗がかなり減ってしまいました。
そして、生き残るためにできたのが、質流れの商品を店頭に作ったウインドウを作りそれを売って利益を得る方法でした。
80年代になり、ディスカウントショップとしての質屋が多くなり、現在ではインターネットやオークションなどを利用している質屋も多くなりました。
最終更新日 2025年4月25日