プラスチックフィルムと聞くと、食品の保存や商品包装に欠かせないイメージを抱かれる方が多いのではないでしょうか。
しかし、その便利さの裏側では、廃棄やリサイクルの難しさ、そして海洋汚染など深刻な環境問題が顕在化しています。
私は大学時代に環境社会学を専攻し、さらにメーカー勤務時代にはプラスチックフィルムの開発部門で働いた経験があります。
その中で、プラスチックフィルムは消費者の生活を豊かにしながらも、リサイクルの難易度が高いことを痛感してきました。
本記事では、長年リサイクルに携わっている事業者を取材し、現場での具体的な課題や今後の可能性を探ります。
日本のリサイクル業界は国内外の法規制や市場ニーズに翻弄されながらも、着実に変化を遂げてきました。
今回のインタビューから得られた生の声をもとに、私が培ってきたメーカー側の視点や、環境社会学という学術的観点を掛け合わせ、プラスチックフィルムが抱える問題の本質と、今後のイノベーションへの期待を論じていきたいと思います。
この記事は、専門家や企業の研究者のみならず、一般の消費者の方々にも読んでいただき、身近にあるプラスチックフィルムの行方や、それを取り巻くリサイクルの現状を理解していただくことを目指しています。
「食品の鮮度を保つためのフィルムが、使用後にどのような道をたどるのか。
」――この問いの答えに少しでも近づいていけるよう、リサイクル事業者の現場から見えるリアルに迫ってまいります。
リサイクル事業者の現場から見るプラスチックフィルム
リサイクル事業者が直面する実務的な課題
まずはリサイクルの現場でどのような課題が起こっているのか、事業者の声を伺います。
東京都内で大規模なリサイクル施設を運営するA社の担当者によると、最も切実な問題は「回収率の低さ」と「汚染・異物混入リスク」だと言います。
プラスチックフィルムは軽量かつ薄手であるため、紙やプラスチックボトルと比べると分別が徹底されにくく、可燃ごみとして扱われがちです。
また、食品の付着や油分によって汚れが残ったまま排出されるケースが多く、再生資源として利用しづらい状態になってしまうのです。
A社では、回収したプラスチックフィルムを選別し、洗浄したうえで再生処理を行いますが、汚染度が高いものは再生処理へ回せず、結局は焼却処分となる場合が多いといいます。
家庭ごみから出てくるプラスチックフィルムの質をいかに高めるかは大きな課題であり、さらにいえば、使用済みフィルムを適切に分別・排出するための啓蒙活動に限界を感じているという声も聞かれました。
リサイクル過程でのコスト構造と市場ニーズ
次に、プラスチックフィルムのリサイクルにかかるコストや、それを取り巻く市場動向について探ります。
リサイクル業者が抱える主なコスト要因としては以下の項目が挙げられます。
- 回収・集荷コスト:各地域から集めるための交通費や人件費
- 選別・洗浄コスト:異物を除去し、再生可能なフィルムだけを選り分ける工程
- 設備投資:新しい機械や処理技術の導入費用
- 廃棄物処分費:汚染度が高いフィルムなど、再利用できないものを処分する費用
一方で、再生プラスチックの市場ニーズは年々高まりつつあります。
企業のCSR(企業の社会的責任)意識やSDGsへの取り組みが活発化し、再生素材を使ったパッケージ製品は一定の評価を得るようになりました。
とはいえ、バージン素材(新品の石油由来プラスチック)と再生素材では、品質や加工性で依然差があるのが現状です。
再生品がバージン素材と同等の性能を発揮するためには高度なリサイクル技術が必要で、その技術開発や設備投資を進めるための資金確保も大きな壁になっています。
こうしたコスト構造と市場ニーズのせめぎ合いの中で、リサイクル事業者は日々試行錯誤を重ねています。
プラスチックフィルムの特性と課題の根源
高機能化と複合素材化がもたらすリサイクルの難しさ
近年、食品包装の分野では「多層フィルム」や「高機能フィルム」と呼ばれる、複数の素材や機能を組み合わせた製品が広く使われています。
酸素や水分の透過を抑え、鮮度を長く保つために複合樹脂が何層にも重ねられているのです。
しかし、これら複合素材のフィルムは、単一素材のフィルムに比べるとリサイクルがはるかに複雑になります。
各層の樹脂が異なるため、一般的な機械選別では十分に分離できないケースが多く、物理的にも化学的にも再生処理が困難です。
また、鮮やかな色合いや印刷を求めるデザイン面の要求から、着色剤や各種添加物が使用されることも増えています。
こうした副次的成分の混在は、再生プラスチックにおける品質低下や加工の難易度上昇を招き、結果的にリサイクル事業者の負担をさらに大きくしているのです。
データで見る廃棄量と環境負荷
プラスチックフィルムがどれほどの量、廃棄されているのかを把握することは、課題の全体像を理解するうえで非常に重要です。
環境省の推計によると、国内のプラスチック廃棄物全体のうち、包装資材として使われるプラスチックが占める割合は依然として高い水準にあります。
特にコンビニエンスストアやスーパーで使用される包装材は使い捨ての性格が強く、回収ルートが確立されにくいため、焼却や埋立てに回るケースが少なくありません。
ここで、あるリサイクルプラントの一年間の処理量を参考に、簡単な表にまとめてみます。
項目 | 数値(年間) | 備考 |
---|---|---|
プラスチックフィルム回収量 | 約5,000トン | 家庭ゴミ・事業系ゴミから集まる量の合計 |
汚染等で再利用不可の割合 | 40%前後 | 食品汚れや異物混入、複合素材であることが原因 |
リサイクル後の再生製品量 | 約3,000トン | 主に袋やパレットなどの成形加工に使用 |
焼却・埋立処分量 | 約2,000トン | リサイクル困難なフィルムや付着物が多いものは処分対象となる |
このように、回収されたフィルムのうちかなりの部分が再利用できずに焼却や埋立処分となるのが現状です。
これは事業者だけでなく、排出する消費者の意識や分別方法、さらには素材設計における課題など、複数の要因が絡み合った結果ともいえます。
インタビューから読み解く改善策とイノベーション
リサイクル事業者が求める技術・法制度の整備
インタビューを通じて、リサイクル事業者からは技術面と法制度面の両方で強い要望があると分かりました。
技術面では、バイオプラスチックや海洋生分解性の素材開発に注目が集まっています。
石油由来のプラスチックだけに頼らない新たな素材の研究が進めば、将来的に廃棄物そのものを削減できる可能性が高まるでしょう。
また、複合素材の分解技術や、汚染除去を効率化する洗浄システムの導入など、リサイクル工程のアップデートも期待されています。
一方で、政策的な支援や規制強化を求める声も大きいようです。
具体的には、再生素材を使う企業への補助金制度や、廃棄物を再生利用しない場合に追加的なコストを課す仕組みなどが挙げられます。
プラスチック廃棄物の大部分が焼却・埋立に回っている現状を変えるには、行政主導でリサイクル基盤の強化を図ることが急務だと考える事業者が多いのです。
消費者・企業・行政が果たすべき役割
また、リサイクルは事業者だけで完結できるものではありません。
排出時の分別や汚れの簡易洗浄といった家庭での取り組み、そして企業による製品デザインの工夫など、「誰がどの段階で何をするか」を明確にする必要があります。
- 消費者:
- 使い終わったプラスチックフィルムを軽く洗う・乾かす
- 分別ルールを正しく把握し、指定の袋や回収ルートを活用する
- 再生素材を使った製品を積極的に選択し、市場を育てる
- 企業:
- リサイクルしやすい設計(単一素材や着色の簡略化)を追求する
- 回収・リサイクルシステムへの投資や業界団体との連携強化
- 消費者に対する正しい情報提供と、分別のしやすさを促すパッケージ表示
- 行政:
- 分別回収インフラの整備と利用方法の周知徹底
- リサイクル技術や設備に対する補助金、税制優遇などのインセンティブ創出
- 国際的な協定や規制を踏まえた廃棄物処理基準の策定と実施
このように、それぞれのステークホルダーが役割を理解し、互いに補完し合う体制を築くことで、プラスチックフィルムのリサイクル率向上を実現しやすくなると考えられます。
今後の展望と可能性
海外事例に学ぶ先進的な取り組み
リサイクル率の向上や廃棄物削減に成功している海外の事例を見てみると、国や地域をあげた包括的な政策が大きな効果を発揮しているケースが目立ちます。
たとえばEUでは、プラスチックの使い捨て製品を段階的に禁止する指令(Single-Use Plastics Directive)が施行され、企業の取り組みや消費者の行動が変化していると報告されています。
北米でも、州レベルでリサイクルを義務づける制度やペットボトル回収デポジット制度が導入され、再利用率の向上につながっているようです。
一方、アジア圏では急激な経済成長と人口増加に伴い、プラスチック廃棄物の量が急増しています。
国や地域によっては資金不足やインフラ未整備の問題があり、適切な処理が行われないまま廃棄されるケースが後を絶ちません。
しかし最近では、日系企業や現地政府が共同で先進的なリサイクル設備を導入し、プラスチックフィルムの回収率を高める実証実験を進めている事例も増えてきました。
こうした海外の成功・失敗例から学び、日本のリサイクルモデルをより最適化していくことが求められます。
日本の産業界へのインパクトと将来的なシナリオ
日本は包装技術で世界をリードしてきた実績がありますが、同時に廃棄物の多さやリサイクル率の伸び悩みも指摘されています。
今後、バイオプラスチックや海洋生分解性フィルムが広く普及すれば、プラスチックフィルム自体の環境負荷は大きく軽減されるでしょう。
しかし、それには技術革新だけでなく、企業・大学・行政が連携して研究開発を進める必要があります。
例えば、企業が大学研究室と共同で新素材の開発やリサイクルプロセスを確立し、そこに行政が補助金や実証フィールドの提供などで支援を行う形が考えられます。
また、市場を牽引する大手企業が再生素材の利用を積極化すれば、サプライチェーン全体で再生材の需要が高まり、コスト構造も大きく変化していくでしょう。
こうした動きが本格化すれば、プラスチックフィルム業界だけでなく、関連する産業全体に大きなイノベーションが波及すると期待されます。
たとえば、国内に多数の拠点を持ち、レンゴー・グループの一員としてプラスチックフィルムなどの包装用資材や販促ツールを数多く手掛けてきた朋和産業株式会社も、1962年の設立から現在に至るまで事業規模を拡大し、海外の生産ネットワーク構築などグローバル化を見据えた取り組みを続けています。
まとめ
今回の専門家インタビューでは、リサイクル事業者が日々取り組んでいる実務的な課題や、新たな技術・制度への期待が語られました。
多くの課題が複雑に絡み合っているため、個々の事業者の努力だけでは解決が難しいのが現状です。
一方で、政策や企業の姿勢、そして消費者の意識が変われば、プラスチックフィルムのリサイクル率は確実に向上する余地があると感じられました。
私自身、メーカー勤務を経てライターとなった経験を振り返ると、消費者にとって身近な包装材が、実際のリサイクル現場ではどれほど苦労して扱われているのか、そのギャップを埋める情報発信の必要性をひしひしと感じます。
データに基づく正確な理解と、現場の声をくみ取る取材・インタビューの双方がそろってこそ、社会全体での変革が進むのではないでしょうか。
これからのプラスチックフィルムは、便利さと環境負荷を両立させる「持続可能性」が大きなキーワードになっていくでしょう。
リサイクル技術の進歩や、素材そのものの改革が進む中で、私たち一人ひとりが「どのように使い、どのように廃棄していくのか」を改めて見直すタイミングが来ています。
今後も現場の取材やデータ分析を重ね、「現場×データ×消費者意識」が結びつく形で、さらなる発展を目指す動きを追い続けていきたいと思います。
最終更新日 2025年4月25日